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仙台高等裁判所 昭和34年(ネ)132号 判決

控訴人 渡辺兼太郎

被控訴人 平税務署長

訴訟代理人 滝田薫 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人が昭和三二年六月二四日附をもつて訴外渡辺武雄に対してなした同人の昭和三一年度分の山林所得金額を金四、八一〇、〇〇〇円とする決定及び金四一五、八七〇円の無申告加算税を賦課する旨の決定は、いずれも無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は、控訴代理人において、

一、控訴人先代武雄(以下武雄という。)は大正四年訴外渡辺貞美(以下貞美という)を養子に迎え、家業を任せて上京し、木材商を営んでいたが、在京中大正七年実子控訴人兼太郎をもうけた。控訴人は大東亜戦争に応召し、南方に転戦一時生死不明となつた。武雄夫妻は控訴人応召後郷里に疎開し、貞美の許に身を寄せていたが、その虐待に堪えかねて独立して生活した。

貞美は控訴人が帰還するに及び昭和二二年初め、武雄及び控訴人を相手取り、原裁判所に当時武雄及び控訴人名義であつた財産一切を自己所有のものであるとして、その所有権の確認訴訟を提起したが、係争数年の後昭和二七年一二月敗訴し、更に当裁判所に控訴して係争中(従前主張の武雄と貞美間の山林、原野、農地の所有の帰属をめぐつての紛争というのはこれ。)、部落の有力者である加藤清美、山野辺秀松が両者の仲に入り右紛争円満解決の斡旋に乗り出したが、武雄はことここに至つて和解は望むところではない、あくまで公平な裁判を得たいと固持してゆずらず、ようやく加藤清美の熱心な勧説により、武雄は余生幾何もなく、控訴人は東京に在住するなどの事情もあり、総財産一切を貞美に分与し、その代償として一定の金額を受けたい旨を主張するまでに譲歩するに至り、ここに初めて和解の曙光が認められ、結局この趣旨により示談が進められることになつたのである。

右示談案により右加藤、山野辺は武雄の代理人である市井茂弁護士に対し、最初金二、〇〇〇、〇〇〇円で、次いで金四、〇〇〇、〇〇〇円で示談の申入をしたが、同弁護士は係争一〇年に及び控訴の判決言渡の接近する現段階において、右金額の程度では考慮の余地がないのみならず、かりに全財産を貞美に分与するとすれば、山林毛上だけでも時価一〇、〇〇〇、〇〇〇円以上に及ぶから、右金額ではとうてい示談に応じ難いとしてこれを拒絶した。

ところが貞美には右示談金に充てるべき資金がなかつたので、かりに全財産の分与を受けても資金の調達には換価可能である山林毛上を処分するほかなかつた。よつて加藤、山野辺は市井弁護士の紹介で平市正月町の木材商滝口寅雄に山林毛上価格の鑑定を依頼し、示談金の一応の目標価格を得たのである。

その間控訴審の終結も迫り、山野辺は控訴審が貞美に不利になることをおそれ、加藤を動かし、市井弁護士や貞美の代理人である大嶺庫弁護士に依頼し、再度にわたり控訴審判決の言渡延期の手配をわずらわし、最後の示談の交渉をすすめながら、滝口をして山林毛上を金八、〇〇〇、〇〇〇円で買取らしめることに成功し、ここにようやく示談は総財産を貞美に分与し、貞美はその代償として示談金八、〇〇〇、〇〇〇円を武雄に支払うこととして、昭和三一年一一月一五日武雄及び控訴人と貞美及びその子の渡辺武(以下武という。)との間に従前主張のような示談が成立したのである。

以上の成立経過から見ても本件立木は右示談成立と同時にその地盤と共に貞美の所有に帰し、貞美が同日これを滝口寅雄に金八、〇〇〇、〇〇〇円で売渡し、右代金を前記示談金八、〇〇〇、〇〇〇円に充てたことが明らかであり、従つて本件立木の売渡による山林所得が武雄に帰属するということはあり得ない。

と述べ、被控訴代理人において「控訴人の右主張事実中被控訴人従前の主張に反する部分は否認する。」と述べた。

証拠〈省略〉

理由

被控訴人が昭和三二年六月二四日附決定通知書をもつて控訴人の先代武雄に対し、控訴人主張のとおりの昭和三一年度分所得金額及び所得税額の決定並びに無申告加算税処分をして、同日これを同人に通知したことは当事者間に争がない。

第一、本件所得金額及び所得税額決定処分の適否についての判断。

この点については控訴人は本件立木(原判決別紙第二目録記載の山林、原野に生立する立木)の売買代金八、〇〇〇、〇〇〇円は貞美の山林に帰属すべきものと主張するのに対し、被控訴人はこれを争い右金八、〇〇〇、〇〇〇円は武雄の山林所得であると主張するので案ずるに、成立に争のない甲第四、第五号証、乙第二、第三号証、(以上いずれもその記載中後記認定に添わないように見受けられる部分については後に判断する。)原審証人加藤清美の証言により成立を認める甲第三号証と原審及び当審証人加藤清美、市井茂、滝口寅雄、原審証人渡辺貞美の各証言(ただし滝口寅雄、渡辺貞美については後記措信しない部分を除く)並びに原審における控訴人本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば

一、貞美は大正五年頃武雄の養子となり、爾来福島県石城郡三和村大字上市萱字諏訪六二番地の養家に居住し、農業を同人に任せて東京で生活していた養父武雄所有の農地を耕作したり、本件山林等を管理したりして養家を守つていたところ、戦時中郷里に疎開していた武雄は、昭和二一、二二年頃その所有山林の一部を控訴人に贈与し、これが所有権移転登記の手続となり、また虐待を理由に貞美を相手方として離縁の調停を申立てる一方、山林立木の伐採を始めたので、貞美も右伐採禁止の仮処分を申請するに至つた。

二、かような経緯から、貞美は昭和二二、二三年頃武雄を相手取つて原審裁判所に右農地、山林等の所有権確認請求の訴を提起して争つたが敗訴したので、更に当裁判所に控訴して係争中、昭和三一年六月頃右控訴審判決の言渡間際において地元の有力者加藤清美、山野辺秀松らが右紛争の最後的解決を企図し、右言渡の延期を得て数ケ月にわたり右訴訟における武雄の代理人市井茂弁護士、同じく貞美の代理人大嶺庫弁護士らと示談折衝に尽力した結果、同年一一月一五日右訴訟事件につき武雄及び控訴人の代理人市井茂弁護士と貞美及びその子武との間に、(1) 武雄及び控訴人はその所有する農地、宅地(ただし諏訪六九番宅地七二坪を除く)及び山林、原野を武に贈与する。(2) 貞美は右代償として武雄に対し示談金八、〇〇〇、〇〇〇円を支払う。(3) なお、貞美は武雄の現住する隠居所に同人が引続き居住すること、通称大根堂の山林約三反歩に生立する雑立木は武雄の薪炭用にのみあてることを承認するという趣旨の示談契約が成立したこと。三、同日貞美は本件立木を滝口寅雄に処分し、よつて得た金八、〇〇〇、〇〇〇円を右示談金として武を介し武雄の代理人市井弁護士に手交したこと。

四、次いで同月二六日前記示談によつて武に贈与することになつた農地、宅地、山林及び原野等の所有権移転登記手続の履行を確実にするため、平簡易裁判所において武雄及び控訴人(両名代理人市井茂弁護士)と武(代理人大嶺庫弁護士)との間で、武雄及び控訴人は武に対し右不動産につき前記贈与による所有権移転登記手続をする旨を和解条項とするいわゆる即決和解をしたこと。

以上の事実を認めることができる。

ところで、前出甲第四号証の示談契約書及び第五号証の和解調書には前記示談金八、〇〇〇、〇〇〇円の支払のことの記載はなく却つて示談契約書の第二項本文には「前項の毛上(贈与物件の毛上の趣旨)の所有権は被控訴人武雄の所有であることを控訴人貞美及被控訴人兼太郎は之を承認する。」、第三項には「第一項の目録中の山林及原野の贈与は毛上を処分したる地柄のみの贈与とする。」との、また和解調書の和解条項には但書として「但し右物件(贈与物件)中農地と宅地を除いた以外の土地上に生立する立木は一切贈与しないものとする。」とのいずれも一見前認定と抵触するような記載があり、一方原審証人渡辺武、渡辺貞美、原審及び当審証人山野辺秀松、大嶺庫は、前記示談においては武雄及び控訴人は武に対し前記不動産を贈与するが、本件山林に生立する立木は武雄の所有に残す(従つて贈与しない)ことにしたもので、武雄がその立木を滝口寅雄に売却した旨供述しており、乙第五ないし第七号証大蔵事務官の山野辺秀松、大嶺庫、渡辺貞美からの各聴取書にも同旨の供述記載があるところ、これら供述がいずれも前出甲第四、五号証の示談契約書及び和解調書に基いて述べられたことは右各供述自体から明らかであるので、甲第四、五号証の前記のような記載内容が果して前認定を妨げるものかどうかを次に検討してみる。

原審及び当審証人加藤清美、市井茂、滝口寅雄の各証言並びに原審における控訴人本人尋問の結果を綜合すると、前記示談契約成立の経緯は次のようなものであつたことが認められる。すなわち、

(一)  武雄と貞美間の前記争訟は約一〇年間継続し、その間裁判所の和解も試られたが妥結に至らず、前示のとおりその控訴審判決の言渡間際になつて前記加藤清美(武雄及び控訴人側)、山野辺秀松(貞美側)らが右紛争の最後的解決を図り、右訴訟の双方の代理人市井、大嶺両弁護士らと示談折衝を重ねた結果、同年一一月一五日前記示談契約がようやく成立したこと、右示談折衝の主題は武雄が健康上などの理由で東京に引揚げたということから、武雄及び控訴人所有の不動産は貞美側に譲り、その代り貞美から武雄に示談金を贈与することとして、その金額をいくらにするかということにあつたが、貞美側は武雄側の納得するようなまとまつた金額を調達できなかつたので、話合のうえ本件立木を売却してその代金をこれにあてることとし、右加藤、山野辺らにおいて製材商滝口寅雄に右立木の買受方を交渉したところ、滝口は金八、〇〇〇、〇〇〇円前後で買取ることを承諾したので、貞美側は示談金として金八、〇〇〇、〇〇〇円の申出をし、武雄らも右加藤らに説かれてようやくこれを承諾し、ここに前記示談契約が成立するに至つたこと。

(二)  ところが、甲第四号証の示談契約書を作成するにあたり、右示談金八、〇〇〇、〇〇〇円の金額を表示することは将来山林所得税を賦課されるおそれがあるから、さけるのが得策だとする右市井弁護士の考えから、ことさらその表示をせず、その代りこれまた市井弁護士の希望から、右金八、〇〇〇、〇〇〇円を受取るまで本件立木所有権を武雄の手許に担保として押えておく趣旨で前記甲第四号証示談契約書第二、第三項の記載がなされたこと。

(三)  そして右示談契約成立の日、示談の趣旨に基いて本件立木を貞美側で前記滝口に金八、〇〇〇、〇〇〇円で売却し(ただし、その契約書である乙第二号証には、その作成に際し滝口から後日問題が起きないように登記簿上の所有者から買受けたことにしてほしいとの希望があつたので、市井弁護士において貞美との示談と関係なく、登記名義人の武雄を売渡人と表示した)同月二六日武が山野辺と共に、代金八、〇〇〇、〇〇〇円を持参した滝口と市井弁護士事務所に同道し、この金八、〇〇〇、〇〇〇円を同弁護士に示談金として手交し(ただし、その受領書である乙第三号証は貞美からの和解金として受取る趣旨をことわつて現実の持参人である滝口宛に出された。)、それと引換えに同弁護士から贈与物件の登記権利証の交付を受けたこと。

(四)  なお、同月二六日前認定のごとく前記贈与による所有権移転登記の履行を確実にするため即決和解をしたが、その和解調書である甲第五号証の和解条項にも示談契約書と同様の趣旨において示談金八、〇〇〇、〇〇〇円の表示をさけ、前記のような但書を記載したこと(もつとも、前認定の示談契約の趣旨によれば、和解条項の右但書は示談金八、〇〇〇、〇〇〇円の履行がすんだ以上いかなる意味においても最早不要のものと考えられるので、他の特別の理由を持つようにもとられる。しかし、同甲号証を見ると右但書はタイプでもつて完成した和解調書の空欄に万年筆をもつて書入れたものであることが明らかであるから、裁判所における和解調書の一般作成手続経過にかんがみて、反証のない限り右書入れは少くとも和解成立の数日後になされたものと見るべきである。それならなぜこのような書入が後日になつてされたか、疑いある記載であるが、その理由を納得させるに足る証拠がないから、一応前示のように認定するほかはない。)。

以上の事実が認められる。それなら前出甲第四、第五号証中の前記のような記載があつても前認定を妨げないものというべきである。従つてまた、右甲号証の記載に基いてなされた前認定に反する前掲各証人の供述及び各供述記載はそのよりどころを失い、とうてい採用することができない。乙第一号証も右同第一号証によつたものと認められ、前認定の妨げとなるものではない。

他に前認定を動かすに足る証拠はない。

以上によれば、本件立木の売却によつて金八、〇〇〇、〇〇〇円の収入を得たのは貞美であつて、武雄ではないといわなければならないから、昭和三一年度において武雄には山林所得がなかつたのに、右金八、〇〇〇、〇〇〇円の山林所得があつたと誤認してなされた被控訴人の本件所得金額及び所得税額決定処分は右誤認の点において重大なかしがあるというべきである。

そこで次に右誤認による重大なかしがはたして明白であるかどうかについて検討する。

本件口頭弁論の全趣旨から右決定処分をなすにつき被控訴人が当然その参考資料にしたものと認められる前出甲第四、第五号証、乙第一ないし第三号証の記載を素読するならば、前記示談契約成立の経緯として認定した事実からも明らかなごとく、本件立木は一見被控訴人主張のように右示談契約においては贈与の対象からはずされ、その所有権が武雄に留保され、且つ武雄がこれを滝口寅雄に金八、〇〇〇、〇〇〇円で売却したかのように受取れる。このことは前示のように甲第四、第五号証の示談契約書及び和解調書の作成につき、本件立木の処分による山林所得税の賦課をおそれて真実の表現をとらなかつたことからも裏書きされる、しかも前記決定処分に前示のような重大かしがあることは、その後の本件訴訟において証人その他の証拠調べをすることによつてようやく明らかとなつたことも本件訴訟の審理経過から認められるところである。それなら前示重大かしは右決定処分の行われる当時においてとくに外観上明白でなかつたといわなければならないし他に右認定を動かすに足る証拠はない。

それなら本件所得金額及び所得税額決定処分における前示のような所得者誤認のかしは右処分の取消原因たるにとゞまるもので、処分を当然無効ならしめるものでないと解すべきである、従つてこれを無効という控訴人の主張は失当といわなければならない。

第二、本件無申告加算税処分の適否についての判断。

先きに第一において認定したごとく、昭和三一、年度において武雄には山林所得がなかつたとすれば、武雄は所得税法第二六条第一項に基き昭和三二年三月一五日まで確定申告書を提出する義務がなかつたものといわなければならないから、武雄にこの義務がないのに、あることを前提としてなされた本件無申告加算税処分にはその点において重大なかしがあるものというべきである、しかしながら右かしが明白であるかどうかという点になると、先に認定したように昭和三二年六月二四日当時、本件立木の売却による山林所得者は武雄であるようにも見受けられるものがあり、右山林所得者が武雄でないことが明白でなかつたとすれば、反証のない以上、右確定申告書提出義務が武雄にないことについても、本件無申告加算税処分の行われた当時、外観上明白でなかつたといわなければならないから、やはり消極的に解せざるを得ない。従つて前同様右処分を無効という控訴人の主張も失当である。

以上の次第で、本件所得金額及び所得税額決定処分並びに無申告加算税処分の無効確認を求める控訴人の本訴請求はいずれも失当としてこれを棄却すべきである。右と結局同趣旨の原判決は相当で、本件控訴はその理由がない。

よつて民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 上野正秋 船田三雄)

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